少年野球~高校野球 野球少年の親と指導者のブログ

少年野球~高校野球 横浜高校の『ダブルエース』の話

「ダブルエース」

最近の高校野球でよく耳にする言葉です。

長く炎天下の続く夏の予選には一人の投手ではなく二人のエース級のピッチャーを要する高校さんが多くなってきました。

去年の夏…

神奈川の高校で「ダブルエース」と呼ばれていた少年の話です。

横浜高校のダブルエース

「藤平は右のエース。石川は左のエースですよ」

横浜高校の平田監督は常々こうおっしゃっていました。

「右のエース」

藤平君は今や東北楽天ゴールインイーグルスで活躍しているプロ野球選手。

「左のエース」

石川達也は私のリトル時代の大切な教え子です。

彼等二人は高校2年生から横浜高校の「ダブルエース」と呼ばれていました。

2年生の夏の決勝は達也が先発し藤平君がリリーフで東海大相模に挑みましたが・・

同じく「ダブルエース」と呼ばれた小笠原投手と吉田投手の前に敗れ、その後に東海大相模は全国制覇を成し遂げました。

そして、この試合は、長年、横浜高校の監督をされていた渡辺監督がご勇退される日になりました。

雨中の履正社戦

その後・・

新チームとなり「ダブルエース」と圧倒的な打撃力で横浜高校は県下で一敗もすることなく夏の甲子園を決めました。

神奈川の決勝は藤平君が先発をし優勝瞬間のマウンドには教え子の石川達也が立っていました。

その姿をスタンドから見ていた私は人目を憚らず涙を流しました。

そして…

甲子園へ…

「ダブルエース」と強力な打撃力。

地元神奈川も盛り上がっていました。

初戦の東北高校に「藤平君ー石川」のリレーで勝利し…

次の対戦相手は寺嶋投手の履正社高校。

対戦相手が決まると各メディアは

「激突!藤平VS寺島」

そんな記事が紙面を賑わせていました。

私は履正社戦の先発は藤平君ではなく達也が来るのではないか…

そう思っていました。

そしてあの試合が始まったのです。

その記事はこちらから↓

横浜高校対履正社~石川達也の49球~

初回三者連続三振を奪った達也…

ですが…その後…二度の雨による中断。

達也の夢であった甲子園のマウンドは49球で終わりました。

敗れた後に泣きながら藤平君とダウンのキャッチボールをしていた達也の姿を今でも思い出します。

心無い中傷

翌日以降…

ネットには心無い書き込みが始まりました。

「何故、藤平が先発ではなかったんだ」

「藤平なら勝てたのに」

18歳の少年の心は傷ついたはずです。

しばらくしてから…達也に会った時にそのことを聞いたことがあります。

『嫌でも耳にも目にも入ってきましたよ』

その後、しばらく考えて、彼はこう続けました。

『でも・・あそこで抑えられたら・・・そうはなってなかったんですよね。結局は自分に力がなかったってことなんです』

コイツは強くなった・・

あの試合が更に彼を強くさせるはずだと感じました。

あの試合前まで『プロに行く』と言い続けていた達也は大学進学へと道を変えていきました。

達也と投げ合った小笠原君は中日へ・・

吉田君はオリックスへ・・

あの甲子園で投げ合った寺島君はヤクルトへ・・

そして『ダブルエース』の藤平君は楽天へ・・

ダブルエースの存在

達也にどうしても聞きたかったことがありました。

『お前にとって藤平君はどんな存在だったんだ?』

そう尋ねると彼は

「藤平がいなかったら・・今の俺はないと思います」

そう答えました。

ダブルエースの相棒は・・

大切な「仲間」であり大切な「ライバル」だったのでしょう。

達也は法政大学に進みました。

一緒に投げ合ったライバルはプロの道へ・・

そして「ダブルエース」の相棒も・・

達也にはあと3年後のドラフトがあります。

高校時代の「ダブルエース」だった藤平君とプロの舞台で投げ合う姿が私の何よりの楽しみでありその日が来るまで応援し続けていきたいと思います。

~年中夢球~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。

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