「ホームランを打ちたいんです」
彼はよくそう言っていました。
彼は小柄な子で所謂「2番セカンド」タイプの選手。
当時のスタメンは重量級の打線で彼以外みんなホームランを打てる選手でした。
だからこそ彼のようなタイプの選手は私にとって貴重な戦力でした。
「なんでそんなホームラン打ちたいんだ?」
と聞くと
「自分のバットで一点が入るなんてカッコいいじゃないですかあ。ホームラン打ってないの俺だけだし。。それに一度でいいからゆっくりダイヤモンドを回ってみたいんですよ」
とキラキラした眼で彼は話してくれました。
「そっか。今はちょっと厳しいかもしれないけど中学や高校でホームラン打てるかもしれないな。そのためには食事もがんばらなきゃいけないしバットスピードを上げるためにたくさん素振りもしなきゃな!」
そう彼に話した後に続けて
「その夢はその夢でいい。だけど今のお前にはホームランと同じくらい価値のある守備もあるしバントもあるし足だってある。今はそっちもがんばってくれよ」
こう話していました。
ある公式戦の時…
彼が粘りに粘ってフォアボールを選びました。
持ち前の足を生かして盗塁で2塁へ…
パスボールで3塁へ…
内野ゴロの間にホームベースを踏み1点。
正に彼の「足」で取った1点でした。
試合はそのまま1-0のまま最終回へ。
ツーアウト3塁のピンチで強烈な打球がセンター前へ…
と思った瞬間…
セカンドの彼がダイビングキャッチをして勝ちました。
試合終了後に…
「お前の選球眼と足で取った1点とお前の守りで防いだ1点。今日の試合はホームラン2本分の価値だぞ」
そう言うと彼は
「いやあ…気持ち良かったです!ホームラン打つより気持ち良かったです!」
そう話すと
「ホームランより気持ちいいってお前打ったことねえだろ!」
と仲間に笑いながら頭を叩かれていました。
ホームラン…
確かに子供にとっては魅力でしょう。
その夢を持つこともいいでしょう。
ですが・・
バントや守備や足。
ホームランを打つ選手と同じくらい魅力がある選手がたくさんいます。
この間高校野球を終えた彼がグラウンドに遊びに来てくれました。
彼にどうしても聞きたかったことがありました。
『お前…ホームラン打てたのか?』
そう聞くと
『1本打ったんですよ!』
と彼。
『おお!じゃあ・・ダイヤモンドをゆっくり回れたんだなあ』
と話すと・・
『それが・・ランニングホームランだったんですよ。ゆっくりどころかいつも以上に全力で走ったホームランでした』
と笑いながら話した彼は最後にこう言いました。
『だって俺の武器は足ですから』
その顔は『ホームランを打ちたい』と言っていた少年の顔から『高校球児』を終えた青年の顔になっていました。
~年中夢球/photo buchiko~