少年野球~高校野球 野球少年の親と指導者のブログ

高校野球 応援団長と目指した夏

フォロワーさんから頂いた素敵な友情のお話です。

野球部と応援団長の二人。

少年野球を最後まで続けた親友

私には少年野球から一緒の親友がいます。

彼の名前はたつき。

たつきは生まれながらの病気があり過度のスポーツが医者から禁止されていました。

それでも野球が大好きなたつきは私と同じ少年野球チームに入部しました。

過度な練習メニューは出来ないためベンチに座っていることも多くありました。

でも・・

たつきが野球が大好きなことは監督もチームの仲間もみんな知っていました。

彼は少年野球を立派に卒団しました。

しかし・・

中学の野球部は医者の方からストップがかかり・・

彼は少年野球で野球を終えました。

私は中学の野球部に入団し・・

たつきは部活に入りませんでした。

私たちの練習をよく見ているたつきの姿がありました。

私にあそこはああしたほうがいいよ・・

そんなアドバイスもくれました。

本当は野球をしたかったのだと思います。

本当に野球が大好きでしたから・・。

高校は野球部と応援団へ・・を最後まで続けた親友

中学3年生になり進路の話になった時・・

たつきと同じ高校に行くことがわかりました。

私に

『野球部入るんだろ?』

と嬉しそうに聞くたつき。

『そのつもりだけど・・たつきは?』

と聞くと

『あそこの高校・・応援団があるんだよ。応援団に入ってお前と野球部を応援する』

そう彼は答えました。

『体は大丈夫か?』

と聞くとお医者様からもOKをもらったと嬉しそうに話してくれました。

高校1年と2年の夏は私はメンバーに選ばれず・・

たつきと同じスタンドで応援をしていました。

高校3年生になると・・

たつきは応援団の団長となりました。

私も最後の夏はメンバーに選ばれ一桁の背番号をもらいました。

3回戦の最終回ツーアウトランナーなし・・

1点負けている場面・・

バッターは私でした。

打席で見たものは・・

今まで味わったことのない極度の緊張の中・・

私はスタンドのたつきを見ました。

まっすぐ立ち・・

まっすぐな視線で・・

私を見て大きく2回うなずく姿が見えました。

その姿は体が弱いたつきの姿ではなく・・

応援団長として・・

親友としての姿でした。

それを見て緊張がスーっと解けていったのを今でも覚えています。

結果は・・

三振でした。

この瞬間・・

私の野球人生は終わり・・

たつきの応援団長も終わりました。

試合後・・

球場の外に出ると満面の笑顔のたつきが出迎えてくれました。

『野球は出来なかったけどお前を応援して一緒に甲子園を目指せて楽しかった』

そう話してくれました。

その言葉で抑えていた涙が止まらなくなり・・

たつきの胸で泣かせてもらいました。

あの夏から・・

もう20年が経ちました。

今でも私たちは互いに応援する仲間でいます。

酒を飲むと私はいつも彼にこう言います。

『たつきから人に応援してもらう幸せを教えてもらった』と・・

すると彼はこう言います。

『俺は人を応援する幸せを教えてもらったよ』

と・・。

応援とは・・

人を純粋に応援する気持ちに・・

見返りはありません。

だからこそ今でもこのお二人の関係は続いているのではないでしょうか。

親御さんもお子さんに見返りを求めるような応援ではなく・・

支えになるような応援をしていただきたいな・・

このお話を聞いてそう感じました。

~年中夢球~

 

この記事を書いた人
野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。