そのお父さんは自分でも野球をされていた方で高校も強豪高校に進学しました。
将来を有望視され、甲子園を目指していたのですが肘の故障で野球を断念しました。
俺の夢をこいつに託しているんです・・
そのお父さんはよくこうおっしゃっていました。
そのお子さんはとても真面目な選手でしたが技術的にはもう少しがんばらないといけない・・
そんな選手でした。
今思うと『真面目な選手』というのではなく・・
お父さんの前で『真面目にふるまわなければいけない選手』だったのかもしれません。
『ウチの子はまだまだこんなもんじゃない』
そのお父さんの思いが時に子供と噛み合わなくる事があります。
プレー中にミスが出ると我が子に大きな声を出す場面もありました。
その都度・・お父様に注意させていたのですが
『あんなレベルじゃ甲子園に行く高校に行けないですよ』
そう話されていました。
子供も日に日に野球をしている姿が楽しそうには見えなくなってきました。
ある日・・その子と話をしてみました。
『お前・・野球好きか?』
『あ・・はい。でもなかなか上手くなれなくて・・お父さんが怒るのも仕方ないんです』
『そっか。上手い下手だなんていいんだよ。お前は真面目だしこれから上手くなる可能性はたくさんある。それからな・・お父さんもお前に上手くなってほしいと思ってるんだよ。でもな・・まずは自分が楽しめよ』
そう話すと
『はい・・大丈夫です。ありがとうございます』
そう答えてくれました。
ですが・・
その後も野球をしている姿に変化はありませんでした。
いや・・僕が話した時より彼の顔には笑顔が少なくなっていきました。
それをお父さんが見てまた怒る・・悪循環。
お父さんと何度かお話ししたのですが
『今はアイツにわからなくても将来わかってくれるはずですから』
そうお話しされていました。
周りの仲間の助けもあって何とか彼はリトルの卒団を迎えることができました。
ですが・・
中学は彼は県下でも知られている強豪チームに入団しました。
お父さんが選んだチームでした。
『ついていけるかな』
正直心配だったのですが・・
入部してから半年ほどしてから
あのお父さんから電話が来て『チームを辞めた』ことを聞きました。
『あいつはこれからどうするんですか?』
そう聞くと
『中学の部活に入れさせます』
お父さんはそう答えました。
『アイツは・・野球を続ける気があるのですか?』
そう聞くと
『ここまでやってきたんです。甲子園は無理でも高校野球まではなんとかやらせたいんです』
そうお父さんはお答えになりました。
あれほど『甲子園』に拘っていたお父さんのこの答えを聞いた時・・
逆に彼はもう野球を辞めたいのだろう・・そう感じました。
それから1カ月後・・
彼が部活も辞めたことを噂で聞きました。
きっとクラブチームを辞めた時に・・
もう彼の中で『野球』は終わっていたのでしょう。
お父さんから連絡はありませんでした。
連絡できなかったのかもしれません。
その後、彼がバスケットボールでがんばっていることを聞きました。
ひょっとすると小学生のころから野球ではなくてずっとバスケットボールをしたかったのかもしれません。
そのお父さんとバッタリ駅で会いました。
少し飲みに行こうということになり・・
お父さんは少しずついろいろな話をしてくれました。
『本間さん・・リトルの頃、もっと本間さんの話に耳を傾けるべきでした。自分の夢を託すだなんて・・あの子は野球をやりたかったわけじゃなかったんだと思います。中学でクラブチームを辞めたとき自分でももうわかっていたんです。それでも親のエゴというか意地で部活に入れさせました。甲子園は無理かもしれないけど高校野球だけはやってほしいと・・』
お父さんは涙をぬぐいながら話していました。
『あの子を甲子園に行かせたかったんじゃなくて俺が甲子園に行きたかったんですよね。甲子園に行く高校球児の親になりたかっただけで・・あの子には本当に悪いことをしました』
『でもね・・高校に入学するときにアイツからlineをもらったんですよ』
そう言って見せてくれたlineにはこう書いてありました。
『お父さん・・僕は野球が嫌いになったわけじゃない。野球も好きだったけどバスケのほうが好きだっただけ。だから今でも野球が好きです。バスケをしていて野球でやったことがたくさん役立っている。お父さん、野球をやらせてくれてありがとう。高校でもバスケをがんばる。野球じゃないけど応援してください』
野球ではないけれど大好きなことが見つかった彼。
父の気持ちもわかります・・
『今は高校球児の父ではなくバスケット少年の父としてアイツを応援しています』
そう言ったお父さんの顔は涙顔からやっと笑顔に変わりました。
~年中夢球~