昔に比べるとこうして両手でボールをこすってピッチャーに返す野手って少なくなったような気がしませんか?
私は現役の時にあまり深い事を考えずにプロ野球の選手がやっている姿を見てなんとなくかっこいいから・・
そんな理由でやっていたような気がします。
ウチのチームにいた一塁手の話です。
体格はいわゆる「ポッチャリ型」の選手で守備は苦手でしたが長距離砲として活躍した選手でした。
彼は、おっとりしていて皆の話をいつもニコニコしながら聞くタイプの選手で、自分から話すタイプの子供ではありませんでした。
練習や試合でも「声を出すタイプ」ではなく・・・
「もっと元気出していこう!」
とコーチから言われることもしばしばある子でした。
ですが、周りの選手とも仲良くやっていました。
お母さんは子供と正反対で活発でよく話す方で
「野球の時に声出さなくて見ていてイライラするんです!」
そんなことも話したりしていました。
試合の時に…内野ゴロでバッターを打ち取り、ボール回し…
ファーストの彼が最後にピッチャーの子にボールを渡すことが多くなります。
ある時…
この彼がピッチャーの子に毎回毎回ボールを丁寧に両手でこすって渡していることに気が付きました。
泥がついていたり雨の時はピッチャーに返すまでにボールを拭くようには言っていましたが、この子は見ているとほぼ毎回。
ある時・・
皆の前で彼に聞いてみました。
「毎回毎回、ピッチャーに返す時にボールを念入りにこすってるけど・・?」
その子は・・
「あ・・いや・・あの・・別に・・」
口下手な彼は言葉にならない感じでした。
それでも気になったので、その子のお母さんに理由を説明して
「もし出来たら家で聞いてみてくれませんか?」
と聞くと
「家でもあんな感じであんまりしゃべらないんで言ってくれるかわからないんですけど・・」
笑いながらそうおっしゃってくださいました。
次の週・・
お母さんが来てこう話してくれました。
「僕はみんなみたいにピッチャーに上手く声をかけることができない。だから、ボールに泥が付いていたら綺麗に泥を落としてあげたい。雨で濡れているボールを乾かしてあげたい。ピッチャーが少しでも気持ちよく投げられるように。次も頼むよ!そう想ってボールを拭いている」
お母さんは続けて・・
「昔からあまり話すほうではなくて・・私もあの子に対してよくイライラしてたんですけど・・言葉ばっかり気にしていて心のほうを考えていなかったのかもしれません」
少し涙ぐみながらこう話してくれました。
「オモイダマ」という歌がありましたが・・
彼がピッチャーの子に渡す球は正に「想い球」だったのでしょう。
皆を集めてこの話をしました。
ピッチャーの子が
「お前からもらうボールは、いつも綺麗で気持ちよかったぞ」
そう話してくれました。
そして・・
「想いも大切だな。だけど野球は声を出すことも大切だ。少しずつでいいからそのボールを拭いている時の想いを言葉にしていこう」
そう彼に告げました。
次の試合の時・・
うちの内野手を見るとピッチャーにボールを返す時に全員がボールを両手で拭いている姿がありました。
想い球・・
ピッチャーの子だけでなく・・
それはチーム全員の心に届いたようです。
~年中夢球 photo su_chan~