少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

少年野球~癌のおじいちゃんに届けたメダル~

おじいちゃんは、戦後、神奈川の名門私立高校でサードとして活躍されていました。

野球が大好きで元気だったおじいちゃん。

王選手の大ファンだったおじいちゃん。

おじいちゃんに・・

そんなおじいちゃんに…

3年前、腰に影があるということで病院で検査したところ

前立腺がんが見つかりました。

高齢だったので入院せずに自宅療養。

昨年の秋ごろ辺りから、杖をつなかいと歩けなくなり

今年3月には四つ足の杖を必要とするまで状態は悪くなっていきました。

更に…

癌が骨に転移しているのがわかり、6月あたりから寝室の2階には登り降りが完全に出来なくなりました。

介護ベットを1階に移動。

寝たきりになってから急激に衰えていきました。

おじいちゃんの楽しみは孫の野球でした

おじいちゃんの唯一の楽しみは孫の佳一朗君の野球。

お父様は試合の結果や練習の佳一朗君の様子や結果を報告することが

いつの間にか週末の決まりごとになっていました。

「ありがとう」

そう言って嬉しそうに微笑むおじいちゃん。

姿には見えないけれど…

佳一朗君の活躍を想像されていたのでしょう。

孫の野球を・・家族の想い

しかし…

日に日に体力が落ちていく姿が明らかでした。

「佳一朗の野球をしている姿を一目見せてあげたい」

そう思ったお父様はおじいちゃんの部屋から見える庭を改良し

バッティング練習が出来るようにしたいと家族に相談。

家族のみんなも協力してくれました。

「おじいちゃんに佳一朗君の野球を見せてあげたい」

家族の想いは一つでした。

学校から帰宅した佳一朗君に

「おじいちゃんの前で、バッティング練習を始めよう。おじいちゃん楽しみにしてるし、元気になってもらおうね。」

お父様はそう話しました。

家族の想いが実った

おじいちゃんにとっては念願だった孫の野球の姿。

家族全員で孫の野球姿を見せたいという想いが叶いました。

一球一球に

「オーいいぞ!ナイスバッティング」

とその声は元気だった頃のおじいちゃんの声に戻っていました。

練習の終わりに・・

「ありがとう。週末の試合がんばれ!」

そう言っておじいちゃんは喜んでいました。

「おじいちゃん元気になったね。これからもバッティング練習はおじいちゃんの前でやろうね。」

お父様と佳一朗君はそう決めました。

そして・・

週末の大会でメダルを取って

おじいさまに見せることが出来たら

もっと元気になるかもしれない。

二人はそう思っていました。

メダルを取ったのに・・

週末の大会で佳一朗君の活躍もあってチームは銅メダルを獲得。

そのメダルは佳一朗君の野球人生初めてのメダルでした。

「おじいちゃんにこのメダルを見せたらまた元気になるかもしれない」

佳一朗君は早く家に帰っておじいちゃんにメダルを見せたい…

そう思っていました。

表彰式の後…

「おじいちゃんが亡くなった」

そう連絡が入りました。

おじいさまの最後は穏やかだったそうです。

最後は佳一朗君の姿があった庭を見ていたのではないでしょうか?

写真はメダルを手にした佳一朗君です。

おじいちゃんがいた部屋に向かって・・・

佳一朗君のおじいちゃんの前での練習は1日で終わりを告げました。

たった1回の練習だったかもしれませんが

おじいさまはその姿を見て安心されて旅立たれたのかもしれません。

そして・・

亡くなった日は大ファンだった王選手が756号を打って世界記録を作った日でした。

おじいさまの姿もベットも今はもうありません。

ですが・・

佳一朗君はおじいちゃんがいた部屋に『一礼』をして今でもあの庭でバットを振り続けています。

実際の佳一朗君です。

空のおじいちゃんに向かって・・

残念ながらメダルをおじいちゃんには見せることが出来ませんでした。

ですが・・

おじいちゃんが亡くなっても佳一朗君の心にはずっとおじいちゃんがいます。

庭での練習の合間に時々空を見上げることが多くなった佳一朗君。

『天国にいるおじいちゃんに届くようなホームランを打ちたい』

そうお父さんに話したそうです。

まだホームランボールは空のおじいちゃんに届いていませんが

佳一朗君の想いは空のおじいちゃんに届いているはずです。

~年中夢球~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。

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