少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

少年野球~『最弱』と言われたチームが僕に教えてくれたこと~

今の高校1年生がリトルの頃のお話です。

彼等の1つ上の代は神奈川で準優勝をし東日本の代表になった年代でした。

彼等の1つ下の代はジュニア・マイナーと神奈川で優勝していた年代。

その強い年代の所謂『狭間』に彼等はいました。

今年は強くない

彼等が最上級生になった時・・

『今年はそんなに強くない』

『今年は厳しいだろう』

そんな噂が嫌でも耳に入ってきました。

彼等の代はジュニア、マイナーと『優勝』どころか『メダル』も取ったことのない年代でした。

メダルを取れなくて卒団していった代はここ数年今までありません。

練習初日…

新チームの練習初日。

技術面でも精神面でも相当鍛え直さないとメダルは難しい…

率直にそう感じました。

彼等に目標を聞くと

『優勝したい』

『メダルが欲しい』

口々にそう言いました。

『今までと同じことをしても優勝どころかメダルも取れずにお前たちは卒団していくことになる。本気で優勝したいと思うなら『覚悟』を決めてくれ。練習も厳しくなる。答えは今出さなくていい。1週間後に返事をくれ』

彼等にそう言いました。

1週間後・・

『全員覚悟は決まっています。どんな練習でもついていきます』

彼等はそう言って最後の1年が始まりました。

秋の大会…そして冬

迎えた秋の大会初戦・・

2点リードも最終回にサヨナラ負け。

「諦めるな。春に必ずメダルを取ろう」

泣きじゃくる彼等にそう告げました。

長く厳しい冬練の始まり。

練習は小学生にしてはかなり過酷なものだったはずです。

きつくて涙をこぼしながらバットを振り続け

涙を流しながらノックを受けていました。

春…

冬が明けて春の大会・・

あと一つ勝てば準決勝進出が決まるところまで彼等はやってきました。

あと一つ勝てばメダル。

彼等にとっては念願のメダル。

最終回までリード・・

ツーアウト・・

しかし・・

またサヨナラ負け。

またも彼等の首にメダルがぶら下がることはありませんでした。

「諦めるな。まだ次がある。必ずメダルを取ろう」

そう言いながらグラウンドから帰る足取りが重く重くなっていたことを覚えています。

迷い始めたのは自分でした

残す大会もわずかになり

このままで彼等にメダルを取らせることが出来るのだろうか…

何の練習メニューをしたらいいのか…

気持ちの面で何のアドバイスをしたらいいのか…

正直、私自身が迷い始めていました。

それでも週末はやってきます…

彼等の手に…

ある練習の朝…

「おはようございます」

と挨拶した彼の手にテーピングが…

「おっ…おはよう」

と返すと

また別の6年生が

「おはようございます」

と挨拶した手にテーピングが…

全員を見回すと6年生全員の手にテーピングがありました。

「お前たちどうしたんだ?」

と聞くと

「何でもありません」

と答える6年生。

不思議に思っていると6年生のお母様が

「あの子たちから本間コーチには言うなと言われているのですが…全員で

平日に集まって練習してるんです。絶対メダルを取ろうって」

そう教えてもらいました。

子供たちだけの練習でマメを潰すまでの練習をしていたことが彼等がどれだけ真剣にやっていたのかわかりました。

「諦めるな」

そう言いつづけてきた自分の言葉を信じていた彼等。

涙が出てきました。

彼等は最後の最後まで諦めていない。

自分から迷いが消えました。

そして・・

迎えた全国選抜大会。

彼等は破竹の勢いで勝ち進み準優勝。

念願のメダルを取り東日本大会にも出場しました。

彼等のメダルが決まった瞬間…

私は人目を憚らず泣きました。

彼等が僕に教えてくれたこと

首からかけていたメダルの色は金色ではありませんでしたが

彼等には金メダル以上の価値があるメダルだったはずです。

「最弱」と言われた彼等の代は「最強」ではなかったかもしれませんがチームワークのいい「最協」の代でした。

夢は願うから叶うのではなく・・

そこに向かって努力するから叶う事を証明してくれた代でした。

そして・・

「諦めない」ことを僕に教えてくれた年代でもありました。

~年中夢球~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。

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