少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

~少年野球~グラウンドに1年来れなかった選手がいました。その時、父と母は・・~

「彼」は新しい環境が苦手な子でした。

うちに体験に来た時もしばらくはグラウンドに入れず…

ジュニアからマイナーに上がる時もグラウンドに入れなかったり…

そして、マイナーからメジャーに上がる時も同じような状況でした。

グラウンドに彼の姿がなくなりました

日にちが経つにつれて…

来たり来なかったり…

来てもグラウンドの中に入れず…

やがて…

彼はグラウンドに姿を見せることもなくなりました。

同学年の選手に

「○○に連絡してあげてんのか?」

と聞くと

「連絡してるんですけど返信ないんですよ」

と…

今、考えると返信のしようがなかったのかもしれません。

彼がグラウンドに姿を見せなくなって半年が過ぎました。

お父さんとお母さんの想い

彼のお父さんはコーチでした。

彼がグラウンドに来れなかった時期も毎週グラウンドに来ていました。

彼のお母さんにも

「こういう状況だからお当番はいいですよ」

というお話をしたのですが

「お当番はやらせてください」

と首を縦に振ることはありませんでした。

後から聞いた話ですが

「私がお当番に行く姿を見て彼が何かを感じてくれるかもしれないから」

そう話していました。

コーチで来てくれていたお父さん。

お当番に来てくれていたお母さん。

自分の子供がいないグラウンドは

お二人にどう映っていたのでしょうか?

自分の子供がいないグラウンドは

何を思わせていたのでしょうか?

彼がグラウンドに姿を見せなくなって

一年近くの歳月が流れようとしていました。

退団させてほしい

ある日…お父様が

「もうこれ以上みなさんに迷惑はかけれないので退団させてほしい」

そう言ってきました。

お父様もお母様も苦しかったのだと思います。。

「彼は辞めたいって言ってるの?」

と聞くと

「辞めたくないとは言っています。ですが…これだけ来れないんだから…」

「本人が辞めたくないっていうなら、もう少し待ちましょうよ」

そうお話しました。

受け入れる仲間

ある日…

グラウンドに彼の姿がありました。

彼によっていく仲間。

「おい!やっと来たかよ!」

「今日はキャッチボール俺とやろうぜ!」

「弁当一緒に食おうよ!」

もう…コイツら最高です。

誰一人嫌味なことも言わずに

彼を受け入れてくれました。

彼に

「やっと来たかあ。じゃあ今日は特守だな。1年分だぞ!」

と言うと

「お願いします

とニコッとして彼は答えました。

あの一年があったから…

彼の心でどのような変化があったのかは結局わかりません。

ですが…

親の姿が彼の心の何かを目覚めさせたのは間違いありません。

そして…

それを受け入れた仲間達。

卒団式の時にお母様が

「この場に立てると思っていませんでした。本当に皆さんのお陰です」

そう言いながら涙を流していた姿を鮮明に覚えています。

今の彼は…

今…

彼は副将として高校野球最後の一年を迎えています。

あの一年が彼を強くさせたことでしょう。

あの一年がなかったら…

ではなく

あの一年があったから

ここまで来れたのかもしれません。

今…

グラウンドに行けないお子さんの親御さん。

この写真のように…

お子さんの心は

雨のように見えて

晴れ間は見えているかもしれません。

『雨のち…晴れ』

はもうそこまで来ているのかもしれません。

~年中夢球~

 

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。
Comment (1)
  1. 福山 より:

    うちの息子も中学校の時、起立性調整障害で1年間行けたり行けなかったりがありました。自分は、マネージャーだったので、土日はほぼグランドに居ました。息子の居ないグランドは、寂しく、歯痒く感じたこともありましたした。その思いから、自暴自棄になって、息子にあたったりしたこともありましたが、他の保護者、指導者に支えられながら、卒部することができました。今息子は、地元を離れ、私立高校の野球部で三昧の日々を送っています。高校の寮に入れなかったので自分と父子の二人暮らしとなりましたが(笑)うちの息子だけ、一般入学ですが特待生に負けないで、ベンチ入りできるように頑張ってます。もう少しの所まで来たみたいです。色々ありましたが、明けない夜はないと信じたあの2年前を懐かしく出しました。

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