私のチームにいた父と子のほろ苦いデビュー戦のお話です。
その日は子供にとってもお父さんにとってもある【デビュー戦】でした。
彼はそれまで外野手をしていましたが肩が強いこともあり、私はピッチャーでも育てようと考えていました。
『今日からピッチングもやるぞ』
彼にそう言った時
『よっしゃ!俺ずっとピッチャーやりたかったんです』
そう彼は嬉しそうに言いました。
ですが・・
球は速いのですが・・
ともかくストライクが入らない。
それでも・・
3ヶ月程ピッチング練習を重ねなんとかコントロールも良くなってきました。
『明日の練習試合、後ろの2回投げてもらうよ』
そう彼に言うと
『やった!ピッチャーデビューだ!がんばります!』
彼は目をキラキラ光らせて喜んでいました。
実はその練習試合にもう一つの【デビュー戦】がありました。
彼のお父さんの【球審デビュー】です。
彼のお父さんは
『野球経験がないのですが子供達のために何か役に立ちたい』
と審判の練習をずっとしてくれていました。
一本打ちや紅白戦で球審を練習し・・
そのお父さんが【球審】としてデビューする試合でした。
その選手より・・
お父様の方が試合前は緊張していたように思えます。
試合は途中まで3-0でリードしている時点で彼にピッチャーを交代しました。
マウンド上で笑顔の彼。
任せたイニングは2回。
最初の1回はなんとか抑えたものの最終回にフォアボールから崩れ始め・・
あっという間に同点に。
なんとかツーアウトまで来ましたが満塁。
マウンド上の彼から笑顔は消えていました。
他のコーチから
『ピッチャー代えましょう』
という声もありましたが
『いや、2回はアイツに任せるって約束したし、この辛い経験もこれからいい経験になるはずだから』
そう言って彼を続投しました。
その時に思い出したんです。
球審をしているお父さんの事を・・
『お父さんにも辛いデビュー戦にしちゃったな』
そんなことを思いチラッとお父さんの方を見ました。
満塁からカウントは1-3に。
こういう場面を経験していないのですから思った通りにボールも行ってくれません。
1-3から投げたボールはアウトコースいっぱいのいいボール。
一瞬間が空いた後に
『ボール!』
球審の・・お父さんの声が大きくグラウンドに響きました。
マウンド上の彼は涙を流していました・・
涙を流す彼に整列を促す球審。
子にも父にもほろ苦いデビュー戦となってしまいました。
試合終了後にお父さんが
『本間コーチ・・あれストライクでしたかね・・?』
なんとも言えない笑顔を作りながら私に聞いてきたので
『審判がボールと言ったらボールです』
こちらもそう言って笑ってお答えしました。
『あの一瞬の中で色々なことを考えました。泣いているヤツの顔を久しぶりに見ました』
そうお父様はおっしゃいました。
『今日はお風呂で二人で色々話してみて下さい。いいお風呂になると思いますよ』
そうお話ししました。
時が経ち彼は高校野球へ・・
彼はピッチャーとしてがんばっていました。
私が試合を観に行った時にお父様が声を掛けてくれました。
最後のバッターを見逃し三振で打ちとりマウンド上で笑顔の彼。
『最後のストライク・・あの時・・私も言いたかったなあ』
あの時のことを私もお父様も思いだしました。
そうおっしゃるお父様に・・
『あの試合があったからアイツも今があるんだと思いますよ』
そう言うと・・
お父様は何度も何度も頷いて私にこう言いました。
『本間コーチ・・あの日の風呂でアイツと辛いことがあっても高校野球までがんばろうな・・そう話したんです』
少年野球は全てにおいて通過点です。
この父と子も・・
高校野球というゴールのテープを切りました。
~年中夢球 photo buchiko~