少年野球~高校野球 野球少年の親と指導者のブログ

考える野球とは何か~テーブルは拭いて椅子を拭かない子供達~

考える野球…

考える力とはどのようにしたら出来るのでしょうか?

指導者ではなく指示者だった自分

私がまだ指導者に成り立ての頃…

私は一から十まで指示を出す人間だったと思います。

それは【指導者】の姿ではなく【指示者】だったと思います

ある時…

汚れているテーブルがありました。

テーブルを運んできた選手に

『そこの汚れているテーブルを拭いといて』

と指示をしました。

今、考えてみれば…

自分で運んできたテーブルなのですから・・

自分自身が汚れていることに気が付いていない時点でおかしいのです。

一緒に運んできた椅子も汚れています。

自分の椅子だけは・・

僕の感覚の中では…

当然、椅子も拭くだろう…

そう思っていましたが…

僕の言った【机だけ】をきれいにして去ろうとしました。

パイプ椅子も彼が持ってきて広げたので汚れていることは目に入っているはずです。

私は彼に

『お前さ…ちょっとその椅子に座ってみん』

と声を掛けました。

彼は座ろうとして

『あっ・・』

と小さな声を上げて椅子を拭き始めました。

やらされている

『お前は自分が座る椅子なら拭くのに誰かが座ろうとする椅子は拭かないのか?』

私は彼にそう尋ねました。

彼は

『すみません』

と言って椅子を拭き始めたのですが・・

その一つの椅子だけ・・

周りの椅子は拭こうとせずに去っていきました。

声を掛けようと思ったのを辞め・・

これは自分のせいだな・・

そう僕は考え直しました。

1から10まで指示を出している自分のせいで・・

彼等は自分で感じ考えることが出来なくなっているのだと思い知らされました。

指示を出したことをテキパキと動いているのは一見『出来ている』ように見えますが

それは『出来ている』のではなく『やらされている』以外の何物もありません。

やらされているから自分で感じ考えることが出来ないのです。

それが野球にも正に出るのです。

現にこのチームは試合になると・・

僕が指示を出さなければ自分たちで動けないチームになっていました。

想像力を失くしている

自分が座ろうとする椅子は綺麗にするのに・・

誰かが座るというところまで気配りが出来ない。

もしくは・・

椅子が汚れていることは気が付いているのに・・

そこに座る人がどんな気持ちになるかまで心配りが出来ない。

この後・・

どうなるかということが考えられない。

つまり・・

【想像力】がないんです・・。

いや・・

僕がその想像力を失くしていたのだと思います。

1から10まで指示を出して・・。

『テーブルを拭いて』

『綺麗に椅子を並べて』

これからもこのような言葉を使っても一緒だ」・・

そう感じました。

それから・・

僕は彼等にこう言うようにしました。

『全て相手が自分だと思って行動してみよう』

椅子に座るのが自分だと思うこと。

エラーをした選手にかける声を自分だと思うこと。

重たい道具を出している選手がいたら自分だと思うこと。

少しずつチームに変化が出てきました。

数か月後・・

チームは大きく変わりました。

皆さんのチームでは・・

子供達が考える場面を大人が奪っていないでしょうか?

~年中夢球 photo さあや~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。