私の教え子の話です。
彼はリトルを卒団後・・
強豪クラブチームに進み…
甲子園出場経験のある高校へ進学していきました。
野球に対しての意識も高く…
何よりも野球が好きだという彼の高校野球を見るのが楽しみだったのですが・・
その彼が高校2年に野球を辞めたという噂が耳に入ってきました。
一番辞めるタイプの子供ではなかったので驚きました。
彼からは連絡がなくお母様から
『野球を辞めた』
という連絡をいただきました。
お母様は本人から私に連絡するよう言ったのですが
『会わす顔がない』
ということでした。
彼は野球部は辞めましたが学校には残っていました。
しかし…
その後、彼の悪い噂が耳に入るようになってきました。
そういう噂が耳に入る度に・・
『彼を信じたい』という気持ちと『月日の流れ』を考える気持ちが交錯していたのを思い出します。
彼等の年代が高校3年生の最後の夏を迎えた時です。
私は教え子の夏は出来るだけ多く見ようと思っています。
仕事の関係上、全員の試合を見ることは出来ませんが・・
一人でも多くの教え子の夏をこの目に焼き付けたいと思っています。
ある教え子の試合があり彼の『最後の夏』を見届けた後・・
時間があるので次の試合も見ていこうと対戦カードを見ると・・
あの『彼』の高校の試合でした。
『野球を辞めていなかったらここで彼の最後の夏を観れたかもしれないな』
そんなことを思いながら試合を観ていました。
試合は彼の学校が予想外の劣勢の展開になっていました。
5回が終わり・・
スタンドを見回した時でした。
応援席から遠く離れた観客席の最上階にポツンと一人で試合を観ている少年がいました。
伸びた髪の毛・・
その髪の毛は茶色くなっていましたが・・
あの彼でした。
声をかけようか迷いましたがここで声をかけなければ後悔すると思い彼に近寄っていきました。
私を見つけた時・・
明らかに狼狽した彼がいました。
『元気か?』
そう聞いた私の質問に
『本間コーチ・・すみません・・俺・・』
と答える彼。
『元気ならいいんだよ』
そう返すと彼はポツリポツリと今までのことを話してくれました。
高校に入って自分の実力に限界を感じてしまったこと。
野球がつまらなくなり辞めてしまったこと。
辞めたけど野球は嫌いになれなかったこと。
一つ一つを噛みしめるように話してくれました。
そして・・
野球部員の何人かが試合を観に来てくれと言われて今日来たことも話してくれました。
『そっか・・よく来たじゃんか』
そう言うと
『迷ったんですけど・・』
そう彼は答えました。
高校野球を辞めた子にとって高校野球の試合を観ることがどれだけ辛いかを私は知っています。
この彼も球場に来るまで相当な葛藤があったはずです。
野球は辞めてしまったけど仲間の一言が彼を動かしたのでしょう。
そして・・
彼のチームがタイムリー2ベースを放ち逆転に成功しました。
タイムリー2ベースを放った選手が右手の拳を高々挙げていました。
彼はベンチにガッツポーズをした後・・
ポツンと座っていた彼の方に向けて右手を何度も何度も挙げていました。
話を聞くと・・
いつもキャッチボールをしていた相手だったそうです。
今日、彼に試合を観に来てくれといった仲間の一人だったそうです。
彼の目から涙がこぼれているのがわかりました。
何故だか一緒にいる自分も涙が溢れてきました。
『観に来てよかったな』
そう言うと彼は涙で返事ができない代わりに何度も何度もうなづいていました。
それから半年後・・
彼がリトルのグラウンドに来ました。
『あれから一生懸命勉強して大学に合格しました。大学で準硬か軟式かわからないけど野球やろうと思います』
リトルのころと同じ笑顔で彼はそう話してくれました。
野球を一度は辞めてしまった彼ですが・・
あの仲間のガッツポーズがまた彼を動かしたに違いありません。
あの時・・
たった一人の彼のためにガッツポーズを送ってくれた選手に心から
『有り難う』
の気持ちでいっぱいです。
少し遠回りしたけど・・
彼は仲間のおかげでまた野球に戻ってきました。
~年中夢球~