少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

少年野球~ピンチの時に逃げ出してしまう母がいました。その時周りの母がした行動とは~

自分の子供が試合に出ていると親は色々な気持ちを持ちます。

特にピッチャーの親御さんの心理はまた特別なのかもしれません。

今から話すこのお母様もきっとそんな気持ちだったのだと思います。

ピンチに姿を消してしまうお母さん

その選手はうちでずっとエースナンバーの「1番」をずっと背中に背負っていました。

子供がそうであればお母様は自動的に「ピッチャーの親」になります。

なりたくてもなりたくなくても…

「ピッチャーの親」になるわけです。

そのお母様は毎週熱心に野球を観に来てくれるお母様でしたが前に出るタイプの母ではありませんでした。

練習試合の時でも…

公式戦の時でも…

マウンド上の我が子がピンチになると…

お母様は姿を消します。

「ピンチの場面…マウンドのあの子を見てられないんです。打たれたらどうしよう。うちの子のせいで負けたら皆さんに何と言ったらいいか…」

お母様はそうおっしゃっていました。

「お気持ちよくわかります。ですが一番いい場面を見逃しているじゃないですか。もったいないですよ」

と話すと

『でも・・やっぱり見てられないんです。見ていなくても最近は歓声で抑えたのか打たれるのかがわかるようになってきてしまって・・それが聞こえないようにどんどんグラウンドから離れるようになってしまいました』

お母様は苦笑いをしながらそうおっしゃっていました。

当の子供のほうは

『そういう場面でお母さんのこと考えているわけでもないし全く気にしてませんよ』

と笑いながら話していました。

大事な公式戦で・・

大事な公式戦で・・

その彼が先発ピッチャーでした。

最終回まで危なげないピッチングで見事なピッチング。

2-0のリードのまま最終回を迎えました。

最終回に相手チームに1点を返され、尚もワンアウト満塁のピンチ。

私はタイムをとってマウンドに行きました。

『押し出し2個でもいいぞ。その変わり腕をしっかり振れ。こういう場面の時のためにつらい練習してきてんだ。大丈夫』

そう言ってマウンドを下りようとした時・・

マウンド上の彼が

『大丈夫っすよ。本間コーチ、それより・・あれ・・』

と・・はにかんだ笑顔を見せていました。

そう言った彼の目線の先には応援する母たちの姿が。

逃げ出してしまいそうな母に・・

よく見ると全員の母たちが手を繋いでいるんですね。

グラウンドにいる9人の母だけではなくベンチの選手のお母さんも全員が手を繋いでいるんです。

そして・・

その真ん中にはマウンドにいる彼のお母さんの姿がありました。

いつもならこういう場面では逃げ出してしまうお母さんが列の真ん中で試合を見ているんです。

後から聞いた話ですが・・・

この時もお母さんは姿を消そうとしたらしいんです。

チームリーダーのお母さんが・・

『気持ちわかるよ。でもみんな一緒。私も逃げ出したいし見ていられない。辛いのはピッチャ-だけじゃないよ。ここにいるみんながしんどいんだよ。でも子供は逃げ出すわけにいかないしがんばって戦っている。だから我々母達もみんなでこの場面を戦おう』

そうそのお母さんに話してくれたそうです。

真ん中にいるお母さん・・

もう泣いてるんです。

でも両手を手を繋いでいるので涙をふくことができずにボロボロ涙が流れているんです。

マウンドを下りるときに

『お母さんも戦ってんだな』

と彼に笑って言うと

『こういうの勘弁してほしいですわ』

笑顔でそう話しました。

試合の結末・・

マウンド上で大きく深呼吸を吐き

『頼むぞ!』

と大きくナインに声をかける彼。

『任せろ!俺んとこ打たせて来い!』

『今日のお前なら打たれねえよ!勝負!勝負!』

そう答える選手たち。

母達も全員で手を繋ぎ戦っていました。

試合再開・・

ワンアウト満塁から次のバッターを三振。

ツーアウト満塁。

あと一人・・

3球目でした。

バッターの放った打球は強烈なライナーで三遊間へ。

『あっ・・』

そう思った時・・

サードの子がダイビングキャッチでそのライナーを捕り試合終了となりました。

そのサードの子は・・

先ほど話したチームリーダーのお母さんの子供でした。

母達の繋いでいた手は解かれ全員が肩を抱きしめあいながら涙を流す光景に変わっていました。

その輪の中心にはあのピッチャーのお母さんがいました。

母を変えてくれた試合

その後・・

その母はどんなピンチでも逃げることがなくなりました。

子供を変えてくれる試合もあれば

お母さんを変えてくれる試合もあるんですね。

高校野球を終えたこの代と食事をした時に

『お母さん、あれから逃げなくなりましたか?』

と私が聞くと横にいたその選手が私にこう言いました。

『本間コーチ、聞いてくださいよ。中学で俺がマウンドでピンチになった時、お母さんなんて言ったと思います?【逃げるなー】って言ったんですよ。散々自分が逃げてたくせに】

そう笑って話してくれました。

すると母は・・

『私はあのリトルの試合でみんなに強くしてもらったの。野球はピッチャーだけが辛いんじゃないってあの時の母達に教えてもらったの。文句あるかー?』

そう笑って答えた母。

あの手を繋いでいた母達の姿は今でも私の脳裏と心に残っています。

~年中夢球/photo buchiko~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。

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