私が今のチームで指導者をさせていただいた頃は人数もギリギリの代が多い時がありました。
10名のメンバーで戦っていた年代のお話です。
10名…
一人はベンチにいることになります。
その一人になってしまう「彼」は技術的な面では他の9人とは差がある選手で
ベンチにいる機会が多い子でした。
ですが明るさはチーム1。
ともかくチームを盛り上げてくれていました。
背番号はいつも「10」
学童野球では10番は主将の番号ですが
リトルは主将の番号に決まりはありません。
10人の中の「背番号10」は所謂スタメンから外れることを意味します。
何とか彼に一度だけでも「一桁の背番号」をとも考えスタッフで話し合いもしましたが
我々は「スタメンにポジション通りの背番号を渡す」ことを方針として選手にも伝えていましたし
そういう意味で彼に一桁の背番号を渡すことは逆に失礼になるという判断をしていました。
それでも彼は野球が大好き。
公式戦の守りの時…
彼はベンチに一人になります。
が…
「レフト!さっきライン際行ってる!ライン際詰めて!」
とスコアを見て野手に指示を出す彼。
ボールボーイとしてファウルボールを全力疾走していく彼。
攻撃の時は…
リリーフの子に
「さあ!ブルペン行こうかあ!」
と第2キャッチャーを自ら買ってでる彼。
そして10人の中で誰よりも大きな大きな声で応援する彼の姿がありました。
残りの9人も皆、彼を認め心から感謝しているのがよくわかりました。
彼のお父さんもお母さんもいつもグラウンドに来てくれていました。
彼のお母さんが私にこう言ってくれたことがあります。
『私、一度だけ言っちゃったことがあるんですよね。ベンチで一人でいる時辛くない?って。
あの子は・・
【お母さんにはわからないかもしれないけどベンチの仕事って忙しいんだよ。やることはたくさんあるし・・それに俺がいるのはベンチかもしれないけど試合に参加しているから】
頭ガツーンって感じでした。親としてどこを見ていたんだろうと・・あの子は野球が好きなのはもちろんですがきっとあの9人がそれ以上に大好きなんだと思います』
そう話してくれました。
卒団も近づいてきたある公式戦で…
10人のチームは勝ち続けあと一つ勝てばメダルまで届くところまで来ました。
しかし…レフトを守る子が怪我。
彼の出番がやってくることになりました。
嬉しさより不安が大きそうな彼に
「お前と公式戦で同じグラウンドで戦えるの嬉しいわー」
「なんも心配いらねえぞ!いつも通りな!」
「楽しんだもん勝ちだぞ!」
9人が次々に彼の頭をポンポンと叩きました。
メダルがかかった大一番。
彼は8番レフトでスタメン出場。
ワンアウトを取る度に全員がレフトの彼に声をかけます。
ピッチャーの子もキャッチャーの子も…
長い間指導者をさせていただいていますが
ああいう光景は初めてでした。
本来ならピッチャーに声をかける場面をアウトを取る度にレフトの「彼」に笑顔で声をかける姿がありました。
試合は3回を終わって0-0。
4回…ツーアウト2塁のピンチ。
相手バッターの打った打球はレフトへ。
ですが…
彼のグローブからボールは無情にも落ちました。
がっくり肩を落としている彼。
切り替えないとまた次もやる…
何か切り替えてあげられる言葉を彼に掛けないと…
そう思った時でした。
レフトにいる彼に向かって
「大丈夫!大丈夫!想定内!想定内!」
と笑顔で声を掛けるナイン。
信頼があるからこそこういう声がけが出来るのでしょう。
「また来るぞ!切り替え切り替え!」
「楽しめ!楽しめ!」
「いつもの笑顔消えてんぞ!」
次々彼に声を掛ける残りの9人。
彼に笑顔が戻ってきました。
スリーアウトを取ってベンチに帰ってきた彼に
「おい!想定外だぞ(笑)」
と私は笑って言いました。
爆笑する9人と彼。
「よっしゃ!まだまだ1点!」
と活気づく選手。
ですが・・
中々点が入らず0-1のまま最終回へ。
彼にまた笑顔が消えていきました。
「このまま負けたら…」
彼の頭にはそんな事がちらつき始めたのだと思います。
最終回の攻撃。
6番からの攻撃…
左中間を破るツーベース。
7番三振…
ワンアウト2塁で彼に回ってきました。
ここまでノーヒット。
ベンチはものすごい応援。
彼は緊張した顔でバッターボックスへ・・
間をあけようと私はタイムをとりました。
何と声を掛けようかと思った時…
ベンチの選手全員が彼の名前を呼んでいます。
ベンチを見ると両手の人差し指をほっぺたに当て満面な笑顔。
「楽しめ!楽しめ!笑顔!笑顔!」
という彼等のサイン。
『一つだけ。迷いを消せ。心に迷いがあればスイングにも迷いが出る。結果はいいから振ると決めたら思い切って振って来い』
そう言って送り出しました。
初球・・外角へ外れるボール。
二球目・・アウトコースを見逃してストライク。
一球一球ベンチの仲間を見て深呼吸と笑顔を繰り返す彼。
三球目・・
彼の放った打球は一塁後方へフラフラっと上がった小フライに・・
『落ちろ!』
心の中で
そう叫びました。
セカンドの子がダイビングキャッチをするも届かずボールはポトリと落ちました。
二塁ランナーが帰って同点。
ベンチはもうお祭り騒ぎでした。
ベース上の彼を見ると笑顔で人差し指をほっぺたに当てたあのサイン。
ああ野球ってこういうことがあるんだなあ・・
心からそう思いました。
その後、彼のヒットで勢いづいた打線は一気に4点を取り試合は勝ち彼等はメダルを取りました。
試合終了後・・
試合中にあれだけ『笑顔!笑顔!』と言っていた彼等は全員泣いていました。
いい涙でした。
彼の背中の『10』番がいつもより大きく誇らしげに見えました。
彼のお母さんは母の輪の中心にいて大泣きをしていました。
輪の母たちも全員が涙を流していました。
この年・・彼が公式戦で打ったヒットはこの1本です。
でも・・
今までに彼の声で仲間が打てたヒットは何十本もあります。
彼の声で打たせてくれたヒットがたくさんあります。
そして・・
彼のあのヒットも仲間が打たせてくれたヒットだったのだと思っています。
私は彼と出会う前にベンチの選手を『補欠』と呼んでいました。
この選手に出逢ってからベンチの選手を『ベンチプレーヤー』と呼ぶようになりました。
指導者としてまだ駆け出しだった私にこの10人は『チームとは何か』ということを教えてくれた年代でした。
*本文の人間と写真は関係がありません。
~年中夢球~
とても感動しました。
私にも4年生の息子が、ろくにルールも知らないのにが今年から野球部に入部しました。
補欠ですが野球が好きでテレビで野球を見る様にもなりました。
補欠でもチームのために声も出してやってる息子に親として頑張ってる姿を見せてくれてアリガトウと言いたくなりました。