少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

中学生の子供を持つお父様へ~子供はなぜ父に無愛想になるのか~

父子で楽しかった少年野球時代

少年野球の時は監督やコーチとして…

審判をしたり草むしりをしたり…

ネットを補修したり…

我が子と父はたくさんの時間を楽しんできました。

野球から帰ると一緒に風呂に入り反省会。

「今日のあそこはナイスプレーだったなあ!」

「あそこのプレーはこうした方がいいかもな」

なんて言いながら背中を流したりして…

距離をとろうとする我が子

それが中学生になると

「あそこのプレーはこうした方がいいかもな」

と言えば

「ああ」

「うん」

「もうコーチじゃないんだから」

と口数も少なく明らかにうっとおしそうに話す我が子。

父親からすると少年野球の時のように色々なことを子供と共有したいわけです。

当たり前の気持ちですよね。

ですが子供自身は距離をとりたい。

これも当たり前の気持ちなのかもしれません。

には「八つ当たり」出来るが…

母親には「八つ当たり」という行動を時として子供はとります。

その記事はこちらから↓

~反抗期の中学生のお母様へ~なぜ子供の反抗は母に向かうのか~

ですが父親に対して子供は「八つ当たり」の行動すらとりません。

「八つ当たり」してはいけない相手という認識が子供にあるからです。

子供はどこかで『父は偉大なもの』という認識があるからです。

私自身、中学生の時に父親と話した記憶が殆どありません。

「うっとおしい」とは思っていましたが「嫌い」ではなかったんですね。

たまのオフの時に父親が

「たまにはどっか行くか」

と言ってくれた時に

「疲れてるしめんどくさい」

と返したことがあります。

「そっか…そうだよな」

と言った淋しそうな父の表情を今でも覚えています。

自立の表れ

今まで親の言うことが全て正しいと思っていた小学生から子供は外の世界を覚え

今までの自分と違う自分を作り上げようとします。

「親父の言うことが全てじゃない」

「俺はもう大人なんだ」

そう思っていますが反抗を口にする勇気はなく無愛想な態度をとる子供が多いのではないでしょうか。

要は「自立」しようとしているんです。

ずっと親にベッタリしていてはダメだという行動なのではないでしょうか。

しかし、父はやはり「少年野球の父子関係」を求めてしまうんですよね。

小学生の頃に戻りたい父と

早く自立したい子供。

そのズレが父子関係を微妙にしているのかもしれません。

母親に「八つ当たり」する時期があるように父親に「無愛想」な態度をとる時期が子供にはあります。

皆さんにもそういう時期があったのではないでしょうか。

今…

反抗期がなかった子供が30代に反抗期に突入することもあるそうです。

こうなると大変です。

「有り難う」という言葉がなくても…

お父さんが審判をしてくれている姿。

ネットを補修している姿。

送迎をしてくれている姿。

子供たちは見てくれています。

反抗期卒業の時…

母への「八つ当たり」が高校の終わりになって少なくなるように

子供は父親への「無愛想」な態度も少なくなってきます。

ここまで野球が出来たことは父のお陰であり母のお陰であることに気がつくからです。

気がついていたけどそれを「素直に表現できなかった」というほうが正解かもしれません。

ですが…

それを「言葉にする場面」が彼等には中々ないのです。

その場面が「高校野球最後の日」なのではないでしょうか。

「反抗期の卒業」が「孝行球児」になる日です。

中学生の微妙な父子の距離は高校野球最後の日に縮まるはずです。

私の父は亡くなって7年が経ちますがあの時の淋しそうな表情は未だに私の心に残っています。

~年中夢球:photo buchiko~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。
Comment (1)
  1. 南屋丈彦 より:

    #少年野球 #高校野球 #涙腺がヤバい #孝行球児に泣けた

    息子が少年時代に野球を教えてた頃を思い出しました。
    家でスイングを教えたり、夜遅くまでトスバッティングをしたり
    走り込みに付き合ったり(自家用車で(笑))
    グランドで息子が泣いてもノックを続けたり(ボール拾いはかみさんと長男)

    その息子が厳しくてキツい高校野球を終えて、
    野球部主催の「○○高校野球部3年生卒部式」の中で
    3年生親子が壇上に上がって触れ合う機会が設けられましたが
    そこで息子が、私とかみさんに「今まで野球をやらせてくれてありがとう!」と
    言ってくれた言葉が忘れられません(不覚にも目から汗が吹き出てきましたが)

    小学生の頃「野球をしたい」と言ってくれたときの嬉しかった思い出。
    本当に懐かしいです!

    私は息子に対して、ただ私の夢、出来なかったことを押し付けて
    厳しく教えてたのだと思ってますが……

    その息子が高校を卒業して、ひとつの夢。楽しみにしてた私が監督をしてた
    草野球チームに入り一年間でしたが同じチームでプレーしたのも良い思い出になりました!
    (その頃の私は現役のプレーが出来ないほど落ちぶれてましたが笑)

    今でも野球をプレーしたり、母校の恩師と交流して
    仕事の技術(理学療法士)を生かし後輩たちの身体のケアーをしている息子を見て誇りに思います。

    現在現役の野球少年達と保護者の皆様
    頑張って下さい。
    応援してます!

    追伸
    息子も野球を通じて、多くの出会いがありましたが
    (学童野球―中学野球部(一年時)―リトルシニア(二年~三年)―高校野球)
    シニア時代は中日ドラゴンズの柳裕也投手と同期でした。

    私達、親も野球を通じて多くの出会いがありました!

    頑張ってきた息子のおかげです!

    シェアさせていただきました(_ _)

    泣きました

    ありがとうございます(_ _)(_ _)

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