キャッチボールの時に「相手の事を想って投げなさい」とよく言います。
「相手の事を想って投げなさい」
こう言うと、時々、ゆっくりしたボールを投げることだと勘違いをする子がいます。
(大きい学年の子が下の学年の子に投げるときは当てはまるかもしれませんが)
相手の事を想って投げる
とはどういうことなのでしょうか?
相手の心と書いて「想う」
私のチームでは、キャッチボール時に捕球から投げる前でを一連の動作で行うように指導しています。
常に試合を意識して『捕る⇒投げる』までを一つの動作としています。
ボールを捕った後に背中をクルッと向けるようなキャッチボールは基本的には禁止。
「試合中にボールを捕ったら背中向けることないよね?練習から試合を意識しよう」
そう話しています。
そう考えると・・
『捕りやすい=投げやすい』
という事になってきます。
捕りやすい場所は投げやすい。
投げやすいということは暴投も減ります。
捕りやすい場所に投げることによって、エラーする可能性も低くなり、暴投する可能性も低くなる。
仲間がミスをしないように、そして思い切って次の動作に行けるように相手の事を想って投げる。
仲間が最高のプレーが出来るようにボールを投げる。
それが冒頭の「相手の事を想って投げなさい。」という意味なのではないでしょうか?
「相手の事を想って投る」
そして「自分の思いも込める」
中継プレーは正にその想いのプレーですね。
外野の間をボールが抜ける。
外野手は内野手のカットマンにバックホームまでの想いを込めて『捕りやすい場所=投げやすい場所』に投げる。
その外野手の想いを受け取った内野手は、キャッチャーが『タッチしやすい所』に自分と外野手の想いを込めて投げる。
一つのボールにチームみんなの「想い」を繋ぐ。
周りの選手は声でそのプレーを繋ぐ。
普段から憎しみあっていては、想いも声も繋げないんです。
白球を繋げるとは、自分の想いを仲間に「繋げる」こと。
仲間の想いを「受けとる」こと。
外野ノックを打っている時に「繋げー!」と言う子供の声が僕は大好きです。
チーム全員が一つにならないと繋がりませんから。
仲間を事を想う気持ちがなければ試合中に孤立してしまいます。
野球は一人では出来ません。
仲間の事を想って本来、自分の所にある「想い」を仲間に『遣る』から『想い遣り』
キャッチボールや中継プレーは正に「想い遣り]のプレーなのだと思います。
~年中夢球~