少年野球~高校野球 子供を持つ親と指導者のサポーター~

99回大会の全高校球児へ~99回から100回記念大会への架け橋を『有り難う』~

~ありがとう~

野球が出来る事が当たり前だと思っていた。

当たり前だと思っていたこと

仲間と一緒に野球が出来ることが当たり前だと思っていた。

母がお弁当を作ってくれることが当たり前だと思っていた。

父が送迎してくれることが当たり前だと思っていた。

このグラウンドで汗をかいたこと・・

みんなで涙を流したこと・・

何気ないグラウンドの光景。

高校3年生にとっては、その「当たり前」が「当たり前」でなくなってしまった今。

高校野球最後の日に・・・

「当たり前」だと思っていたことが、実は「有り難い」ことだったと気づき、親御さんに「有り難う」という感謝の気持ちを持ったはずです。

「当たり前」ではなかったこと

当たり前ではない・・
全ては有り難しこと。

『有り難し』の反対は『有り難う』

今まで当たり前だったことは有り難しことだったんですね。

そして、それは親御さんも一緒です。

子供が高校まで野球をしてくれてきたことは「当たり前」ではなく「有り難し」ことだったと感じ、色々な想いが交錯していることと思います。

子供さんにとっても親御さんにとっても高校3年生まで野球を続けてきたことは「当たり前」のことではなく「有り難し」ことだったのではないでしょうか。

「野球が好き」と言うことは簡単ですが「野球を好きでい続ける」ことは大変なことだったはずです。

高校野球最後の日にわかること

だからこそ、高校野球最後の日に、親御さんは子供さんに「有り難う」

子供は親御さんに「有り難う」

この夏もたくさんの「有り難う」があったはずです。

高校野球最後の日。

今まで親子で歩んできた道。

少年野球・中学野球・・
そして高校野球。

いろんな場面が頭をよぎったはずです。

涙が止まらくて・・

言葉に出しても出さなくても・・

笑顔でも涙顔でも・・

たくさんの「有り難う」が溢れたはずです。

感謝は感じるもの

そして、その日に親御さんもお子さんも・・
心から【感謝】という意味を知るのだと思います。

感謝・・謝意を感じると書きます。

言葉で言われるものではなく自分が感じるもの。

高校野球を最後までがんばったからこそ、本当の意味の感謝を感じることが出来たはずです。

私の娘もマネージャーとしてこの夏に「じぶん史上最高の夏」を終えました。

彼女は試合終了後に涙を流しました。

その「溢れる涙」は3年間の「溢れる想い」だったのでしょう。

娘に心から「有り難う」です。

高校球児の皆さん…

この夏…

「じぶん史上最高の夏」を終えた高校球児の皆さんに・・

最高で最光の夏を「有り難う」

感謝です。

同じ夏を過ごさせてもらって

「有り難う」

99回目の君達から100回記念大会の孝行球児にかかる「栄光の架け橋」はしっかり架かったはずです。

~年中夢球~

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野球少年を持つ親御さんと指導者の皆様へ元気を送り続ける[年中夢球]です。 神奈川野球雑誌『ОNEDREAM』に連載中。

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